「ヒガシノカゼ、アメ」と「ニシノカゼ、ハレ」   

先日、3月7日の朝日新聞の夕刊が開戦暗号「ヒガシノカゼ、アメ」で
あったと、書いてあった。
以前、読んだ本でこんなことなぜ今更?と思ったのだが、私の記憶
違いがあるのかな?と思って、さて・・それはなんの本だっただろうか?
って思い出してみた。

「ラジオ・トウキョウ」北山節郎氏の本だった。

この中でウインド・メッセージとして、外交関係断絶の危険の場合は以下を
日本語短波放送ニュース内に加える。

(1)日米関係が危険になった場合 東の風雨
(2)日ソ関係が危険になった場合 北の風曇
(3)日英関係が危険になった場合 西の風晴れ

の符牒を使用すると外務省は発電した。(11月19日)

ただし、実際の放送があったのか・・ここが問題な訳で・・

著者の推論も含まれているが・・
「真珠湾までの365日」の中では、12月4日ワシントンの日本大使館武官室の
萩本電信兵曹は「風が吹きました!」となってる。と書いてあるが、
海外放送の関係者はこの日のウインドメッセージ放送を否定してる。
また、すでに外務省は12月2日に暗号機の処分と暗号書の一部処分を発電
してるの「ウインド・メッセージ」は不要であると著者は推測してる。

朝日の記事はその日付が12月7日か8日」と戦後の米軍調書で出てきた。

西の風晴れ(日英関係が危険)に関しては12月8日午前4時に突然天気予報
を始め、「ニシノカゼ、ハレ」と何度も放送したそうだ。真珠湾攻撃開始後

北山氏の「ラジオ・トウキョウ」内では午前0時25分~3時30分に海野アナウンサー
が「ニシノカゼ、ハレ」と只今から天気予報を申し上げます。と前置きして放送
したと書いてある。

はたして「ヒガシノカゼ、アメ」はいつ放送されたのか。興味深いです。
7日なのか8日なのか、当時の担当者の聴取の文書で出てきたので放送は
されたと思うが、いつだったのかちょっと気になる。

と言うのは、問題は開戦に際して、日本のだまし討ち(リメンバーパールハーバー)
の問題につながっていく訳で・・また、海外放送を受信していたアメリカは
この符牒に対して、解読を行っていたのか。行っていた場合は日米外交危機を
事前に知っていたのではないか。それがだまし討ちになるだろうか・・とね。

ラジオ・トウキョウの著書の北山氏も2巻冒頭でかなりの考察を行ってる。
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by inokorisan | 2013-03-13 03:55 | 閑話 | Comments(0)

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